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ダブル車椅子

 夕暮れ症候群の父と、車椅子生活20年超の母を連れて、大学病院へ行った。いつもは片方ずつなのだが、この日はたまたま2人の受診日が重なってしまったので、やむをえず仕事を休んで、付き添いに全力投球だ。

■大学病院へ

この日、九州では珍しく雪が積もっていた。寒い朝、まず、母を車椅子ごと自家用車の後部に乗せる。母を乗せるために購入した介護用車両なので、後部座席を取り外し、電動リフトで車椅子ごと引っ張り上げる。それがまずひと仕事なのだが、次に一人では車に乗ることもままならない父の腕を取って、腰を抱え、何とか助手席に押し込む。そこまでで、61歳の僕はすでにヘトヘトだ。

 

道路の雪はほとんど解けていて問題はなかったが、大学病院の駐車場に着いてからが再びひと仕事。まず、母を乗せた車椅子を車から降ろす。母をそばで待たせたまま、父用の車椅子を探して駐車場まで持ってくる。認知症の他にパーキンソン病を患っている父は、歩くのにもひどく時間がかかる。だから、人が行き交う大学病院内の移動にはいつも、病院備え付けの車椅子を使っている。

院内にて

ようやく父を車椅子に乗せるて振り返ると、母がいない。勝手にどんどん先に進んでいる。ちょっと待ってくれよと愚痴りつつ、父の車椅子を押して追いつき、やっと2台の車椅子を連ねて院内へ。

 

 

最初の総合受付を終えたところで、ずっと無沙汰をしていた父方の叔母と従妹にばったり出くわした。叔母は散歩していて転んで顔を打ったそうで、気の毒に腫れていた。父は愛想笑いこそ浮かべていたものの、悲しいかなほとんど無反応。反対に、母は懐かしそうにしばらく立ち話。いや、母は「座り話」か(=写真)

 

20年以上車椅子生活をしている母は、さすがに車椅子の操作に長けていて1人でも動き回れるが、車椅子初心者の父には無理。母はこの日、胃カメラの検査を受けるため消化器外来へ。父はパーキンソン病とアルツハイマー型認知症の診察で脳神経内科へ。それぞれ順番に受付へ連れて行く。

 

大学病院の待ち時間は、本当に長い。ひとまず母の診療科窓口で手続きを終え、待っている間に父の受付窓口に移動。3階と2階に別れているので、2人をそれぞれの待合席に待たせたまま、エスカレーターで上ったり下ったりを何度か繰り返す。主治医の診察には僕も同席したいので、タイミングを見計らって移動を繰り返さなくてはならない。

 

雪の影響で診察開始が随分遅れたらしく、父の診察は予約時間より1時間以上遅く始まったが、特に問題なく十分ほどで終了。続いて、急いで父の車椅子を押して母の待合室へ。胃カメラの準備がなかなか済まないらしく、その間、ずっと待ちぼうけ。ようやく始まった検査もなかなか終わらず、父はコックリコックリ車椅子の上で寝ている。

 

そろそろ終わりかなという頃、父が目を覚まし、「小便に行く」と言う。いつも、周囲の状況も時間も、そして人の都合や迷惑も一切顧みない父らしいナイスタイミング。仕方ないので車椅子を押してトイレに連れて行き、外で待っていると、やはりなかなか出て来ない。

 

身が引き裂かれる!

父はもはや、ブリーフやトランクスなどの布パンツ類は履けない。100%尿漏れパッド付きの紙おむつだから、1人で脱げないでいるのかと気にはなり始めたちょうどその時、院内アナウンスで母の名前が流れた。え? 何? と耳を澄ませると、「ご家族の方は診療科窓口までおいでください」と言っているではないか!!

 

慌てふためき、とりあえず父をトイレに残したまま母の消化器内科に引き返すと、胃カメラ検査を終えた母が気分悪そうな顔で座っていた。母は一応認知症でもなさそうで、1人でも達者な口を使って難局を切り抜けられる。だが、無口な上に認知症になってしまった父には無理。母に父の居場所を告げて、すぐにトイレに引き返した。まったく身が引き裂かれるよ。

 

トイレに着いたところで、父が出てきて外に置いた車椅子には目もくれず、どこかに歩き去ろうとしていた。おーい、どこに行く? と呼び止め、どうにか車椅子に乗せ、再び待たせていた母の元へ。

 

母の診察が終わると、2人分の支払いを済ませたり、病院に隣接する薬局に薬を取りに行ったりと、まだまだ付き添いの役目は終わらない。その間、2人は病院内のコーヒーショップに残して昼食を摂らせていた。食い意地のはった父は、サンドイッチ3つも平らげていた。母は1つ。こちらは昼飯抜きで走り回っているというのに。

 

そうこうして、家に帰り着いたのは午後3時過ぎ。5時間以上も病院にいたことになる。同じ日に2人の通院に付き添うのは、もう勘弁してもらいたいよ。

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「男一匹、介護日記」始めます。すみません。

■はじめまして

88歳の父、84歳の母とともに、九州を流れる大きな川のほとりの街で暮らしています。60歳を機に、会社に異動願いを出し、故郷の街に戻って来て1年半が過ぎました。日々、知力も体力も衰えていく父母を間近に見ていると、その頓珍漢ぶりに笑ってしまうことも多いのですが、やり場のない悲しみや怒りに苛まれてしまうこともしばしば。「冷静に、冷静に」と自分を戒めるのですが、箍が外れて怒りが爆発する日も多く、後悔、悔恨、悔悟の介護の日々でもあります。

 

せめて第三者の眼を持つ努力をして、自分自身の感情の動きを見つめ、記録しておこう。そう思い立って、このブログを始めることにしました。65歳以上の高齢者人口が日本の総人口の3分の1に迫る今後、多くの人々にとって介護は避けて通れない道。私が直面している在宅介護は、厳しい介護現場のごくごく端っこにぶら下がっている日常に過ぎませんが、ささやかな喜怒哀楽から、何かを感じていただければありがたい、と思っています。

■とうとうその日が来たか

少しだけ落ち込んだ。

 

「あん人は、だっかい(あの人は、だれかい)?」。88歳の父が僕のことを思い出せなくなり、車椅子生活が長い母が寝ているベッドまで聞きに来たという。2カ月半ほど前のことだ。

 

毎朝6時に起きて朝食を作り、排泄物で汚れた父のももひきを鼻をつまんで手洗いすることも、両親が出す使用済み紙パンツをパンパンにごみ袋に詰め込み、ごみ置き場まで出しに行くことも、その他、家事全般を引き受けながら、会社勤めも続けているというのに。61歳の僕の体力だって、かなり限界に近いのだ。癌の治療からまだ2年たったばかり。それなのに、名前を忘れるなんてひどいじゃないか。あなたがつけた名前だろ?

 

父は昨年のクリスマス・イブまで、認知症の診断こそ受けておらず、「パーキンソン病により認知機能が低下している」と診断されていた。パーキンソン病なので、すり足のよちよち歩き。体が右側に傾いて、食事をボロボロと右側の床にこぼしながら食べる。「右傾化は日本のためにもよくない!」と文句を言うのだが、特に何の反応もない。笑ってもくれない。いつかこういう日が来ると覚悟はしていたが、やはりショックだ。

 

とはいえ、完全に僕のことが分からなくなったわけではない。先日も汚れた紙パンツを床に放置したことをとがめ、何度同じことを言わせるか、そんなに俺の仕事を増やしたいのか、俺だって疲れ果てているんだ、と詰め寄ると、「私のために、あんたがいろいろしてくれるのはありがたいと、感謝している」なんていう言葉をポツリと漏らす。そんな言葉を聞くと、自分が発した怒りの声が自らにはね返ってくる。何度同じことを繰り返しているのだろう。

 

■クリスマスプレゼント?

昨年のクリスマスイブに、父を大学病院に連れて行った。最近、あまりに認知機能が衰えた気がしたので、これもパーキンソン病の悪化なのか、と父の主治医に尋ねてみた。早速、認知症のテストをしてくれ、あっさりと「アルツハイマー認知症パーキンソン病に被さっている状態のようですね。きょうから認知症の薬を出しましょう」と認知症の宣告をされてしまった。まずはガランタミン4㎎。とんだクリスマスプレゼントだった。

 

そのガラクタミンも、今や8mg。このまま、どんどん増えていくのだろうか。薬に対しては猜疑心が拭えず、このまま主治医の処方を受け入れ続けていいのだろかと、気になって仕方がない。

 

父は最近、自分がかつて数年暮らしたことのある隣県にいると勘違いしていることがよくある。午後にはヘンテコな話が増える。特に夕方になると、ジャンパーを着込み、リュックサックを背負って、川のほとりの街にある自宅に帰ると言い張る。主治医によると、「夕焼けチョウコウ(兆候?)」という認知症の症状の一つなのだそうだ。「夕暮れ症候群」ともいう症状なのだろう。夕方になると、人は子どもの頃の記憶が蘇り、「うちに帰らなくては」と気持ちがせき立てられる。あるいは家で待つ家族のために食事の支度をしなくては、とあせる。「ここがあんたのうちだ」と説得するのは、なかなか骨が折れる。

 

だが、ふと考え込む。父と母と僕が同居しているこのうちは、そんなに居心地がよくないのだろうか、僕が父に接する態度がよくないのか、汚れた紙パンツをそこいらに放置しても、怒ってはいけないのだろうか。そんなこと言われても、無理だよな。僕だって普通の人間。いつも優しくなんて、できっこない。

 

■これからもよろしくお願いします

昨年中に始めようと思ったこのブログですが、初回がとうとう年を越し、早くも2月も半ばを過ぎてしまいました。予定より2カ月半以上遅れてしまいした。介護はなかなか忙しく、仕事の時間も、ブログを書く時間も圧迫します。先が思いやられますが、何とか書き続けていければ、と思います。よろしくお願いします。

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